ストーリー2 「実は英語ができない」という現実

私は、小学校、中学校、高校生とコンプレックスだらけの女の子でした。

しゃべるのが苦手な上に、人付き合いも苦手。
小学校では陰湿ないじめも受けました。

それまで普通の友達だった子たちが、
いじめをきっかけに私に対する態度を急変。

そんな人の心のうつろいやすさにすっかり疑心暗鬼になり、対人恐怖に。
クラスでポツンとすることが多くなり、
休憩時間をどうやって過ごすかが悩みの種となりました。
そんなときによく過ごしていたのは学校の図書室。
図書室が、唯一自分にとっての聖域に思えました。

得意だったのは英語。
本を読むのが好きだったこともあって、読解が得意でした。
文法問題を解くときは、なぜだか先生の意図がわかるのです。

いじめを受けたことがきっかけで、人から低くみられることが怖かった私。
そこで、自分がみくびられることのないよう、
自分の能力を上げていこうと、とにかく努力をしました。
テスト前にはもちろん、一生懸命勉強。
そのおかげで、英語の成績は上々でした。

そこまでは良かったのですが……。

「実は英語ができない」という現実

でもその後、「英語が得意である」という、
私の唯一と言っていいアイデンティティは見事打ち砕かれることになりました。

勉強の甲斐あって無事に大学に合格。

英語専攻には偏差値が届かなかったものの、
代わりに別の言語を勉強することになりました。
英語圏ではありませんでしたが、念願の留学もかないました。

後でお話ししますが、
留学がきっかけで、いろんなコンプレックスがなくなりました。
本当に楽しい日々でしたね。

ただ、英語に対しては、
逆にコンプレックスが深まるばかりではありました。

留学したばかりの頃。
一緒のクラスになったクロアチア人の女性と、
会話をしようとしていた時のことでした。

お互いつたない第2言語で会話していたので、うまく通じません。

そこで、クロアチア人の女性は、「英語で会話しましょうよ」と私に言いました。

しかし、、、英語が全く出てこなかったのです。

それを見た彼女の、あきれ顔。。。

「はあ?英語もできないの?」
と言わんばかりのその表情は、今でも忘れられません。

その女性は、ドイツ語、セルビア語、クロアチア語、そして英語が達者です。
いわば、マルチリンガルでした。
多くの日本人は英語が話せないなんてことを知る由もありません。

留学した人ならおわかりでしょうが、
マルチリンガルはヨーロッパでは珍しくありません。

母語に加えて、英語ができるのは当然。
その上で、みんなまた別の専門や特技を持っているのです。

英語以外得意なことがこれと言ってなかった私にとって、
これは衝撃的でした。

学校で英語の成績がちょっとばかりよかったからといって、
英語ができるわけではない。井の中の蛙でしかなかったわけです。

しかも当時、語学習得は年齢が大事だと言われていました。

「20代前半を越えたら第2外国語はマスターすることはできない」。
しかも、それを言っていたのは、東大出身の先生だったのです。

大学で全く英語を勉強していなかった私にとって、
これはかなりショックなニュースでした。

もう今からでは英語はマスターできないのだ。
そう思い、結局英語の勉強をあきらめてしまったのです。

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