学校のあの英語の授業は役に立つ?訳読の効果と副作用

なみのリズムのアサコです。

中学・高校と6年間英語を勉強してきたけれど、英語ができない!

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学校英語だけではなぜ「使える」レベルにまで英語力が上がらないのか?

今日は、従来の英語の授業で行う「訳読」を切り口に、その謎を解いていきます。

 

1.訳読とは?

学生時代、英語の授業でよく出た宿題。それは、「教科書の○○ページの英文を日本語に訳してこい!」というものですよね。

新出単語の意味を辞書で調べ、ノートに書く。教科書の英文を写す。そして、その下に日本語訳を書く。運が悪いと授業で先生に当てられて、訳を答えさせられる。それに対して、先生が正しい訳を解説していく、というものです。

訳読とは、このように英文を1つずつきれいな日本語に直しながら英文を読んでいくことを言います。

訳読において大切なのは、その過程で英文を分析すること。どの単語が主語、動詞で目的語なのか。どこからどこまでが修飾語か、などを見極めていきます。この作業を「英文解釈」とも言います。

私たちが学校で習ってきた英語の学習は大体このパターンです。

けれども、最近コミュニケーションとしての英語が重視されるようになり、こういった授業形式が批判されることが多くなってきました。

「これでは、英語を読むことはできるようになっても、話せるようにはならない」と。

訳読式学習法は果たして役に立つ学習法なのかどうか。

みなさんはどう思いますか?

いいか悪いかを判断する前に、なぜ訳読が重視されてきたのかを見ていきましょう。

 

2. 学校では、なぜ訳読が重視されてきたのか

海外では、文法の勉強はそこそこに、映画やドラマなど音声を積極的に使いながら英語の授業をしているところも多いようです。

けれども、日本の学校では伝統的に、英語を日本語に訳すことが重視されてきました。一方、リスニングやスピーキングなどの音声面は軽視される傾向にありました。これは、歴史と関係があるようです。

江戸時代の長い鎖国を経て、文明開化の時代へ。「西洋に追い付け追い越せ」で、西洋の書物を通して、海外の技術を学ぶことが多くなりました。そこで発達したのが翻訳技術です。

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先人は、英語の書物を日本語に訳していくことで、海外の学問を日本語でも学べるように努力を尽くしました。そのおかげで、高度な学問を日本語で学ぶことができるようになったのです。

これを行えなかったアフリカやアジアの発展途上国では、英語ができないと大学で学問が学べません。母語で高度な勉強ができないため、国全体の教育水準が低い傾向にあります。

母語で学問を学べるということは、多くの人に教育の機会が与えられているということ。日本の教育水準が高く、先進国になることができたのは、英語を日本語に翻訳するという技術があったからこそです。

日本で、英語を日本語に訳すことが重視されてきたのは、このような側面があるからでしょう。英語を聞いて話せることよりも、読んで訳すことができ、英語の書物から情報を得られることが何よりも大事だったのだと思います。

しかし時代は変わり、書物から情報を得るだけではもはや不十分になってきました。英語で発信し、コミュニケーションを行わなければならない時代に移行しているのです。

今の私たちがあるのは、先人たちの翻訳技術とその努力のおかげです。私たちはそれを誇りに思い、尊重しつつ、次の時代へと進まなければなりません。

 

3. 訳読は誰にとって有効か

訳読はいわば翻訳技術です。ですので、必然的に重要視されるのは、日本語力と文法力になります。

このことは、国立大学の入学二次試験を見てみるとよくわかります。東大など一部の大学を除いて、どの大学にも必ず和訳問題があります。和訳問題だけでなく記述問題も多いのですが、それも求められているのは日本語での説明。英語をいかに日本語に直せるかが大事なんです。

進学校では、国立大二次試験に通るだけの英語力が身に付くことを前提に指導しなければなりません。できるだけ多くの生徒を有名大学に進学させることが先生たちの責務ですから。そうすると、どうしても訳読中心の授業にせざるを得ないのです。したがって、学校でいい成績を取るためには、日本語能力が高くなければなりません。そして、文法が得意でなければならないのです。

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逆に言うと、この範疇からもれる人は、学校英語ではいい点数が取りにくいということになります。日本語で文章を書くことが苦手で、文法が苦手だという人にとっては、学校英語は悪夢だったはずです。
文科省は高校の英語の授業を何とか変えようとしているようですが、国立大の入試が変わらないことには、どうにもなりません。特に年配の人は、日本語力の低下を気にする傾向にあります。英語を日本語訳できなくてもいいから、英語を話せて英語で作文ができればよいなど、受け入れられない人も多いでしょう。それは、価値観の違いですから、仕方ありません。なかなか込み入った問題なんですね。

それはさておき、残念なお知らせがあります。実は、学校英語が得意な人/得意だった人にも、その後悪夢が待っているんですね(笑)^^;そう、それは自然な英語を話すことが難しくなってしまうということなんです。

日本語に訳せればよいという考えで英語を勉強していると、英語の本質を見なくなります。英語を英語で理解するということを軽視するようになるので、あるところから英語が伸び悩むようになるのです。余談ですが、TOEIC500-600点あたりで伸び悩む人が多いのは、このことが原因だと私は考えています。

ホンモノの英語力を身に付けたかったら、学校英語を飛び越えていく必要があります。

 

4. 訳読は悪なのか?

さて、ここまで訳読をまるで悪の根源のように書いてきましたが^^;、別に悪だと言っているわけではないですよ^^:

英語の学習法って、薬に似ているところがあるなと思うんです。

つまり、その薬がよく効く人にとっては、もちろん飲んだら効果があるのですが、そもそもその薬が治してくれる症状が違うのなら、飲んでも効果がないか、副作用が出るだけです。誰にでもよく効く万能な薬もあるでしょうが、それはそんなには多くないですよね。英語の学習法も同じだと思います。

翻訳技術を身に付けたいのなら、訳読は積極的にすべきでしょう。でも、日本語に訳せなくても、意味が理解できればいいと考えるなら、どうでしょうか。英語で相手の話を聞くことができ、自分の意見をある程度言えるようになることを目的にするのなら、訳読にはそこまで力を入れなくてもいいのではないでしょうか。

もちろん、私自身は、訳読をひたすら行うことでかなり正確に英文が読めるようになったので、私にとってはとても役に立った勉強法です。そのおかげで、長い英文を読みこなすこともできますし、込み入った英文でも、かなり正確に文法を理解できます。

ただ、英語を英語でとらえる回路をつくることができなかったので、リスニングとスピーキングで苦労しました。そう、問題はここなんです…。

そして、先にも言いましたが、作文があまり得意でなく、文法が苦手な人にとっては、訳読は悪夢の勉強法ではないかなと思うことがよくあります。日本語と英語で混乱してしまい、英語が伸び悩むのです。

これは、今まで150人以上に個人指導してきた実感です。

訳読はやり方によっては副作用を生み出してしまうので、それを踏まえた上で、注意しながら学習する必要があるように思います。

 

5. 訳読の効果と副作用

訳読の効果は、英文を文法に正確に読めるようになるということ。そして、日本語の表現力がつくこと、にあります。

欠点とは何かというと、訳読ばかりをしていると、日本語に訳すという作業が目的化してしまうということ。

そうするとどうなるかというと…、

・文章全体の意味を理解することができなくなってしまったり(「木を見て森を見ず」の状態)。

・日本語に訳す癖がついてしまう結果、日本語にしないと英文が読めなくなってしまったり、

・日本語に訳さないと理解できないのでリスニングができない状態になったり、

・結果として英文を読むのに時間がかかってしまったり、

・自動翻訳のような不自然な日本語に訳す結果、英文の意味をきちんととらえられなくなったり

実は、やり方を間違えるとかなりの副作用があるんです。

もちろん人によるのですが、生徒さんを見ていると、この悪い癖がついてしまっているケースが多くみられます。

訳す練習ばかりをしていると、英文の意味を考えるよりも先に、言葉をただ自動的に日本語に置き換える、という癖がついてしまうようです。その結果、推測力や想像力、自分が持っている知識を使うことそのものを忘れてしまいます。そうすると、訳した日本語が理解できない、英文の意味がわからないという現象も多々起きるようになってしまいます。

そもそも文章とは、何か伝えたいことがあるから書くのだということ、読者はそのメッセージを受け取るために文章を読んでいるのだということを忘れてしまうようです。

そして、学校英語が得意だった人にも副作用があります。それは先ほど述べたとおり。自然な英語を書いたり、話したりということが難しくなるということです。

 

6. リスニング・スピーキングを見越した英語力をつけるために

では、こうした副作用を避けるためにはどうしたらいいのか?

まず、訳読による学習を英語学習のメインにはしないことが大事です。

訳読ばかりをしていると、それが唯一の英文の読み方だと無意識に思い込んでしまう。それがまずい状態なんですね。そして、英語の回路が身に付きにくくなってしまうんです。

そのことに気づいてから、私は、英語をきれいな日本語に直すという練習はあまり行っていません。むしろ、定期テストなどの対策で必要な時以外は、極力やらないようにしています。

代わりに、英語の語順で日本語に訳していくスラッシュ・リーディングを行います。文法を理解し、精読していく作業はこちらの方で代用します。

 

また、やさしい英文で書かれた物語を読むことで、情景を思い浮かべ、日本語に訳さずに直接英語を理解していく練習を行います。これは多読学習法で行います。

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この2つの練習を通し、日本語以上に英語の感覚を養うトレーニングを重視するようにしています。これが後々、英語を書く力や話す力につながるからです。

練習にはバランスが大事

英語を勉強する目的を見定め、多角的な練習をしていきましょう。

 

まとめ

伝統的な勉強方法にとらわれている人は多いです。

親御さんの中には、映画やドラマを使った英語の勉強を良しと考えない人もいます。会話を学ぶことは正当でない、学問ではない、そんな感情があるのかもしれません。

また、多読学習のように、英語で物語を楽しみながら英語を身に付けていくという考えも、まだまだ主流とは言えません。

「学問は楽しんで身に付けてはいけない」。そのような思い込みは多いです。それがきっと、文法重視になってしまう理由なんでしょうね。それが多くの人を英語を苦手にさせている原因なんですけどね…。

複合関係詞、分詞構文、名詞の副詞的用法…こうした言葉を並べていると、「勉強してるなー」っていう気になるんだと思うんです。子どもがそういう難しいことを勉強していると、親御さんは満足したりするんですね。こうした意識が変わらないと、英語教育も変わりません。

救いなのは、最近では学校でも多読やスラッシュ・リーディングを取り入れるところが多くなってきたということです。こうした動きが広がっていくことを切に望みます。